【会報掲載コラム】〜380年の時を超えた日仏の奇跡のワイン〜南仏ワイン「ペイリエール」/ n°282
皆さまは、史実上初めて日本を訪れたフランス人をご存知でしょうか。
その名は「聖ギヨーム・クルテ」。1636年に日本に降り立った南仏セリニャン村出身のドミニコ会宣教師です。
当時の日本は江戸時代黎明期。禁教・鎖国が強化された時代で、そんな中で命を賭して日本への密入国を敢行した人物です。
クルテ師は到着した琉球で捕えられ、1年後の1637年折しも「島原の乱」の勃発した年に、長崎・西坂で殉教しました。
「聖なる遺品」を残さぬため、クルテ師の遺体は焼かれ、灰も骨も全て海に廃棄され、来日の記録も知られることなく闇に葬られました。
1970年代、没後約350年もの時を経て、1つ目の奇跡が起こります。
熱心な信者達の努力により、クルテ師の存在と功績が発見されたのです。
その結果、1987年バチカンで数十万人の信者が見守る中、時のローマ法王、ヨハネ・パウロ2世によって、クルテ師は列聖の僥倖に預かりました。またその際にクルテ師の直系子孫が南仏で営むワイナリー「ペイリエール」のワインがローマ法王に献上され、ミサおよび晩餐会で利用されるという福運に恵まれました。
その後クルテ師は出生地の南仏セリニャン村に「長崎で殉教した偉大な聖人」として銅像が建立され、日本においても「長崎の16聖人」の1人として中町教会に銅像が建立されるに至りました。
こうして日仏両国で祀られることにより、日仏友好の1つの形が完成をみました。
2つ目の奇跡は2015年、クルテ師の子孫が作る南仏ワインにまつわるものです。
奇しくもユネスコの世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が登録される2018年に先だち、バチカン秘蔵の「ORATIO」という特別なラベルが子孫のワイナリー「ペイリエール」に寄贈され、そのラベルをワインボトルに貼付することが許されたのです。ORATIOとは、もとはラテン語で「祈り」を意味し、長崎の隠れ信徒たちが口伝で歌い継いだ祈りの歌「オラショ」の語源なのです。
一般市販される物品にバチカンがこうした許可を与えることは極めて異例のことですが、クルテ師のみならず、その子孫が造るワインにも大いなる神の祝福を受けたことで、信者たちは「死後380年も忘れ去られていても、神様は決してお見捨てになることはない」と歓喜しました。
尚、本ワインの日本における販売収益の一部は、長崎の「キリシタン世界遺産群」の修復維持の基金および、バチカンの修復維持の基金に毎年寄贈されています。
また本ワインは2019年、約40年ぶりに来日したローマ法王フランシスコの長崎におけるミサや午餐会でも振る舞われています。
禁教令下の日本で殉教した「初めて日本にやってきたフランス人」と、その子孫によるフランスワインが現代日本で消費され、その収益がクルテ師にまつわる日本とバチカンの世界遺産群に寄贈されるに至ったストーリーは、まさに380年もの悠久の時を超えた奇跡であり「日仏友好の知らざれる偉大な奇跡」と言えるのではないでしょうか。
Vin Passion Group 会長兼VP Wines France代表
在仏日本人会会長
片川 喜代治
令和2年3月吉日