1. HOME
  2. トピックス
  3. コラム
  4. 内科医のよもやま話(3)「健康長寿のための運動と身体活動ーマイオカインを活用しませんか?―」/ 久住静代(くすみしずよ)内科医

内科医のよもやま話(3)「健康長寿のための運動と身体活動ーマイオカインを活用しませんか?―」/ 久住静代(くすみしずよ)内科医

私たちの体には、平滑筋と横紋筋があります。平滑筋は血液の循環や胃や腸の蠕動を司り、内臓の働きを維持しています。横紋筋には心臓の拍動を担う心筋と、骨と連動して体を支え・動かす骨格筋があり、骨格筋は唯一自分の意志で動かしたり鍛えたりできる筋肉です。骨格筋は体重の約30-40%の重量を占める非常に大きな生体器官です。

筋肉が収縮する際は大量のエネルギーを必要とします。このため運動時には血中の糖や脂質を骨格筋細胞内に取り込んで、全身の糖や脂質の消費を促進することから代謝において非常に重要な器官と考えられています。

これに加えて近年、「運動と健康」の仕組みを解明する物質として注目されているのが、筋収縮によって骨格筋から分泌される生理活性物質(サイトカイン)の総称であるマイオカインです。マイオカインはギリシャ語のmyo(筋)とkine(作動物質)を組み合わせて作られた造語で、数十種類以上あり、それぞれのマイオカインは作用する組織や臓器が違い、全身に作用することが分かってきました。

最近わかってきたマイオカインの主な働きは以下のとおりで、具体的な例をいくつかご紹介します。

●代謝
例えば、IL(interleukin)-6は、これまで免疫細胞から分泌され、関節リウマチなどを引き起こす炎症性サイトカインと考えられてきましたが、運動により骨格筋からも分泌され、骨格筋で糖の取り込みを増加させたり、膵臓に作用して糖代謝を制御すること、また、骨格筋幹細胞のサテライト細胞の増殖を促進し、筋肥大にも関係することがわかってきました。

●筋量と筋質
筋量を制御するマイオカインには、myostatinとIGF(insulin-like growth factor)-1があります。 myostatinはサテライト細胞の活性化や自己複製を抑制したり、筋分化を抑制することで筋量を制御します。一方、IGF-1はタンパク質合成を刺激し筋肥大を促進したり、サテライト細胞を活性化したりして筋再生を促進します。

サテライト細胞は骨格筋の体性幹細胞ですが、通常は休止状態で、損傷などなんらかの刺激が与えられた場合には活性化、増殖・分化して、損傷部位を修復する働きがあります。活性化したサテライト細胞の一部は再度休止に入り次に備えることにより、その恒常性を維持しています。

筋質については、骨格筋細胞には遅筋細胞(持久力)と速筋細胞(瞬発力)があり、骨格筋の細胞タイプの誘導に、脳由来神経栄養因子(BDNF, brain-derived neurotrophic factor)が関与することが報告されています。

●脳の活性化、認知機能
最新の研究で、運動によって記憶力や集中力など脳の働きが刺激されることがわかってきました。米国の学校で、授業の前に運動を取り入れることで学業成績が向上したことが報告されています。また、運動することが認知機能に有益な効果を及ぼすことも、複数の疫学データ、臨床研究データから示唆されています。

この流れから、一つの可能性として、マイオカインの一種であるイリシン(irisin)が脳の海馬に発現して、学習、記憶、認知に係わっているBDNFを誘導し、脳の活性化をもたらすことが報告されています。

●大腸がんの予防
マイオカインのSPARC(secreted protein acidic and rich in cysteine)は加齢により低下し、運動によって増加します。運動によって筋肉中で増えたSPARCが血流を介して大腸に到達し、大腸がんの細胞を認識してアポトーシス(細胞死)に導くことがわかってきました(参考資料2)。また、大腸がんのリスクを減らすため、身体活動が唯一確実に効果的ともれさています(参考資料3)。

マイオカインの分泌メカニズムは未だ不明で、どのような運動がどのような種類のマイオカインを分泌するかについては明確ではありません。しかし、日常的に一定量の運動を行うことで筋量と筋質が適切に維持されれば、マイオカインが分泌され骨格筋だけでなく、前図に示すように、全身の臓器に作用することによって寿命、健康寿命を延伸することがわかってきました。

古代ギリシャの医師、ヒポクラテスは「運動・身体活動性向上は薬である。」と言ったとされています。今日からさっそく運動を始め、筋肉からマイオカインを分泌させませんか?

参考資料
1) 日本抗加齢医学会誌2023; 10
2) Gut. 2013 Jun 62(6):882-9
3) J Nutr. 2020 Apr 1;150(4):663-67

========
久住静代(くすみしずよ)プロフィール:
東京の赤坂おだやかクリニック名誉院長。抗加齢医学の専門医として、人生100年時代、いかに老化のスピードを遅くして、生涯、健康に自力で心豊かに生きるかという課題に取り組んでいます。

今後のトピックス

| コラム