1. HOME
  2. トピックス
  3. コラム
  4. 内科医のよもやま話(10)「再生医療の現状」/久住静代

内科医のよもやま話(10)「再生医療の現状」/久住静代

再生医療とは、他人の臓器そのものを移植するのではなく、細胞を用いて疾病や外傷によって失われた臓器や身体の構造や機能を再建・代替することを目的とする医療です。
今回は、QOL(Quality of Life、生活の質)の低下により高齢者の健康寿命の短縮を招く変形性膝関節症や脊髄損傷、脳梗塞について再生医療の現状をまとめます。

1)変形性膝関節症
変形性膝関節症は関節軟骨の変性、摩耗を主体とした慢性退行性変性疾患です。二次性滑膜炎や反応性の骨増殖性変化により関節変形をきたします。全身の変形性関節症の中で、変形性腰椎症に次いで頻度が多く、本邦の有病率調査では40歳以上の男性42.6%、女性62.4%とされ、患者総数は2499万人を超える国民病とされています。

治療の目的は、膝関節の疼痛などの症状を軽減させてQOLを低下させないことです。
初期には減量や運動療法、装具療法などの非薬物療法を行い、十分な効果が得られない場合、鎮痛剤やヒアルロン酸関節内投与が行われます。
これらの保存療法に抵抗する膝関節痛に対しては、脛骨を切って向きをかえる骨切り術や人工関節置換術などの手術療法が行われますが、近年、保存療法と手術療法の中間に位置する新しい治療方法としての再生医療が試みられています。(図1)

変形性膝関節症に対する再生医療として、現在主流で実施されているのは脂肪由来の培養幹細胞*(脂肪幹細胞)を膝関節内に投与する方法です。「失われた関節軟骨の再生」という効果は未だ得られていませんが、「痛みの軽減」や「膝関節の運動機能の改善」など、症状改善効果がみられます。脂肪幹細胞が分泌するエクソソーム*や成長因子、サイトカインが抗炎症作用や組織修復作用をもたらし、残存軟骨の変性を改善すると考えられています。
治療1か月後から疼痛やQOLが改善し、3か月後には日常生活やスポーツレクリエーション活動が改善したとの報告があります。

*幹細胞:体の修理をしてくれる細胞で、神経細胞、筋肉細胞、血液細胞、皮膚細胞など様々な種類の細胞に分化すること
ができます。全身のほとんどの組織や器官に存在しています。例えば、脂肪幹細胞は脂肪細胞同士の隙間に存在し、
間葉系幹細胞は、骨髄や脂肪、歯髄、へその緒、胎盤などに存在します。
*エクソソーム:生体内の細胞や培養中の細胞が産生、放出する細胞外小胞(Extracellular Vesicles:EVs)

2) 脊髄損傷
脊髄損傷とは、外傷などによる脊髄実質の損傷を契機に、損傷部以下の知覚・運動・自律神経系の麻痺を呈する病態です。背骨の中の神経が事故などで傷ついて手足が動かせなくなるだけでなく、表1に示すような様々は合併症が起こってきます。

本邦では年間約5000人の脊髄損傷患者が発症。発症は20歳代と60歳代に多く、損傷部位は頚椎60%、胸腰椎40%と報告されています。原因は、交通事故、転落、転倒の順に多く、近年高齢化が進むことで高齢者の転倒による受傷が増加しています。

治療として、これまで急性期は救命処置とともに損傷した脊椎脊髄の固定行い、障害部位が広がることを防いだり、リハビリテーションのスムーズな導入のために手術(神経圧迫の解除やインプラントによる脊椎固定など)を行うことで、残った機能を最大限に活用するための筋力アップや関節可動域訓練を行っていました。損傷した骨髄機能を回復させる治療法はありませんでしたが、近年再生医療が試みられ期待できる成果が示されるようになりました。

2018年12月に、自己骨髄由来間葉系幹細胞を使った脊髄再生治療薬(ステミラック注射、ニプロ)が、7年間の条件付きで保険適応となりました。 これは、世界で初めて承認された脊髄再生治療薬です。 治療の内容は、損傷した患者から骨髄液を採取し、その骨髄液の中にある間葉系幹細胞を培養・増殖させて、注入し脊髄を再生するというものです。この治療法は札幌医科大学などが開発したもので、受傷後31日以内を目安に骨髄液採取が可能な患者の治療の申し込みを受け付けています。

3) 脳梗塞
脳梗塞の予後は血管内治療(カテーテルによる治療)の発展により大きく改善しましたが、未だ要介護の原因となる主な疾患です。

図2に脳梗塞の病態と既存の治療法を示します。

脳血管閉塞後、なんとか生存しているが血流の再還流がなければやがて梗塞になるべナンプラー領域の救出のために、超急性期~亜急性期には血栓除去による血流の再開を目指すとともに、神経細胞死や炎症による脳梗塞の拡大を抑制する治療が必要です。
また、亜急性~慢性期には、脳梗塞周辺領域に神経突起の伸長や神経再生・血管再生が生じるとともに、炎症も持続しているため、前者を促進し、後者を抑制する治療が必要です。

再生医療として、これまで脳梗塞の急性期~慢性期のそれぞれのステージで自家あるいは他家骨髄幹細胞等を用いた臨床試験が行われてきました(表2)。
間葉系幹細胞の免疫調整・神経保護・神経再生などの多面的な作用に大きな期待が寄せられていましたが、現時点では十分な治療成果は得られていません。

その要因の一つとして、治療に対する反応が良い患者群と不良な患者群があり、間葉系幹細胞からの生体分子(EVs)などの放出量に個人差が大きいことが指摘されています。特に、脳梗塞を起こしやすい高齢者の幹細胞ではEVsの放出が少ないとの報告があり、治療の反応に個人差が少なくなるような幹細胞の改良等が課題となっています。

一方、移植された間葉系幹細胞の生存が運動により促進され、神経細胞新生の促進、血管新生・栄養因子の発現が促進されていたとの報告があり、再生医療とリハビリテーションの併用も期待されています。

参考資料:
1) 日本抗加齢医学会会誌2024:12
2) 一般社団法人 日本脊髄外科学会
脊髄損傷|一般社団法人日本脊髄外科学会

========
久住静代(くすみしずよ)プロフィール:
東京の赤坂おだやかクリニック名誉院長。抗加齢医学の専門医として、人生100年時代、いかに老化のスピードを遅くして、生涯、健康に自力で心豊かに生きるかという課題に取り組んでいます。

今後のトピックス

| コラム