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【会報/連載】舞台裏より愛をこめてvol.4 / 小笠原尚子 / n°293


新たな年を迎え、皆様いかがお過ごしでいらっしゃいましょうか。当コラムをお読み頂いておりますこと深く感謝致しますと共に、この一年間皆様方の益々なるご多幸とご健康を心よりお祈り申し上げます。こちらのコラムでは、わたくしがモンマリの裏方として歩み始めました経緯や体験、フランスとの繋がりなど綴らせて頂いております。

さて、26年前の1月、モンマリは狂言師として節目の演目となる披キ(=初演)舞台を踏み晴れて独立、10年余りの内弟子修行を経て、師より一人前のお墨付をようやく頂きました。そのタイミングで披キ翌日挙式決行、さらにその翌日、モンマリはフランスでの狂言公演へ向け、わたくしを置いて旅立ってしまいました。
怒濤の数日間、挙式残務処理と並行して、年越しにモンマリと指輪の一件で大喧嘩をした新居にてわたくしは、フランス行き荷造り作業を粛々と行っておりました。「スーツケースには酒、米、海苔、インスタント味噌汁、乾燥納豆、日本茶他、思いつく日本食材を可能な限り詰めてくるよう、また、時に大先生が“肉じゃが”をご所望の可能性もある為、出汁と醤油も入手の上フランス入りせい」との指令に従い、準備していた諸々を詰め込み、公演地であったフランスはランスで、モンマリ含む本家先発隊との合流を果たしました。

初めて訪れたランスでの経験は、その全てが生まれて初めてのことばかり、ランスがシャンパーニュ地方の中心都市であることを初めて知り、公演の後援者さまからは地元で名高いヴーヴ・クリコのカーヴへご案内を頂き、更にシャンパンと楽しむフレンチコースのお振る舞い等もあったりで、こんなにも素敵な世界が実在することにただただ驚くばかりでありました。
素晴らしい“初めて”のことに感動する一方で、この時は“初めて”が故の失敗もございました。
狂言公演当日、師を始めとする出演者方の為に楽屋へおにぎりのひとつなど、と考え、先輩にお借りしたミニ炊飯器にお米をセットし会場の様子を見に行き、そろそろ炊き上がりかという頃ホテルへ戻りますと、美味とは程遠い芯のあるご飯に仕上がっていました。世間知らずのわたくしは“抜くと電気が切れる”ホテルの“カード式キー”のシステムをしっかり理解せぬまま部屋を後にしてしまったことで、後の祭、ランスで折角の白米を台無しにしてしまいました。そのお米は追い追いお粥にすることにして、今度は炊き上がるまで部屋に留まり、幾度か炊飯をくり返し、何とかいくつかの小ぶりなおにぎりを準備することが出来ました…

海外公演ホテルにまつわる失敗談はつきもののようで、通常男所帯での巡業となる海外での公演、日本と異なり公演開始時間が遅い為、終演後開いているレストランは数える程、たちまちホテルの一室が食堂となり弟子達は師をもてなす為何かと酒の肴を準備する中で、かつて“くさや”を焼いたことがあり、他の客室やホテルサイドからクレームが入ったとか。わたくし共若い衆はこうした失敗を重ね、処世術を学ぶのでした。本日はこの辺で。
平和への祈りを込めて。

小笠原尚子(おがさわらたかこ)プロフィール:
“やんちゃ狂言師の裏方古女房” 東京生まれ。神戸→名古屋→横浜→佐渡ヶ島育ち。故八世野村万蔵主宰“わざおぎ塾”にて学生時代に演劇を勉強中、狂言師小笠原匡と出逢い1996年に結婚、伝統芸能の世界に入る。その後、大阪生活を経て2014年よりパリ在住。現在、パリで狂言普及活動の傍ら、自らは役者業を再開⁈(このエッセイでは、日仏文化体験を通し、狂言師一家の四半世紀を振り返ります)

バックナンバー
舞台裏より愛をこめてvol.1 / 小笠原尚子 / n°290
舞台裏より愛をこめてvol.2 / 小笠原尚子 / n°291
舞台裏より愛をこめてvol.3 / 小笠原尚子 / n°292

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