会報 / 最新号コラムより
クープラン一族について <13> / n°285
クープランの《クラヴサン奏法》は重要な指針を与えていますが、表現が少し曖昧なところもあり、現代楽器ピアノで演奏する時、クラヴサン様式とは異なる発音装置の問題(ピアノは打絃楽器、クラヴサンは撥絃楽器)で難しくしています。
以前会報でも記述しましたが、問題をふたつに分けましょう。
「トリル・プラルトリラー・半トリル・逆モルデント・シュネラー」です。バロック時代様式で特に重要な装飾記号、実は20世紀を通じて「間違っている解釈」が多々為されていたのです。
信じがたいことですが、解釈の問題は、名演奏か、そうではないかとも次元が異なり複雑で「ややこしく」しています。
ドイツ政府給費生(1963-68年)として私はミュンヘン音楽大学に在学、師事したローズル・シュミット先生から疑いもなく「正しく」習っていて、帰国後、全音楽譜出版社からバッハの《アンナ・マグダレーナ楽譜帳》校訂を依頼され、習った通りに記述、出版しました。それは50年後の現在に至るまで重版されています。
ごく最近、「プラルトリラー」は「上隣接音から開始」でなければならないと言われました。
答えとしては「装飾記号の開始は上隣接音から」が常識ですが、「プラルトリラー」は「記号が付された主要音にタイがかかり」、結局は「シュネラー」と同じく主要音から開始され、「プラルトリラー」を主張する人は「上隣接音」の思い込みが何処から来るのか不思議でした。名ピアニスト、パウル・バドゥラ・スコダが正解を書かれています。権威あるU.ミヒェルス編の「図解音楽事典」白水社発行(私がアンチョコに活用する)77頁の譜例で安心しました。
次に困ったのが「ノートイネガル・不等化音価」でした。所謂、「フランス音楽様式」特有の「bon goût ボングー」は演奏家次第なのですが、楽器クラヴサンとピアノの相違でピアニストにとり慣習のない奏法、その個所すら推定できない有様です。多くの書籍を調べ、友人の音楽学者に救いを求め、「これに関して?!一冊の論文になりますよ・・・!」。アンチョコを覗きました。307頁で「演奏は繊細かつ優美で、記譜通りではない不等奏法、極めて肌理細やかなリズムの延長、アッチェレランド、緩急のニュアンスなど、楽譜には書けない即興的で不規則な奏法が好まれた」に飛び付きました。これならば専門家や音楽愛好家たちを説得できます。後は「この小節に適用できる・・・」と演奏助言に記述すれば、個々のピアニストの裁量に任せられ、正に「bon goût ボングー」でしょう。唯、楽器の相違でクラヴサンでは雅やかに聴こえても、ピアノですと文字通り「ギクシャク・ギーコギコ」となる恐れがあります。
ショパンでテンポ・ルバートを活用するピアニストでも数小節連続する楽句となると戸惑い、勇気が出ませんが、適例があります。ショパン《ソナタ第3番》緩徐楽章で「揺れるような符点演奏」を名ピアニストは杓子定規とは程遠いながらも規則正しく脈打つように(不整脈でなく)付点音符を3連符的、5連符的、6連符的、緩い複付点音符、などを駆使しています。
バドゥラ・スコダ氏はバッハ《平均律クラヴィーア曲集》第8番変ホ短調の前奏曲で5連符的音価を駆使して見事に記譜されました。クラヴシニスト、チェンバリストのギルバートやリュビモフはこの付点音符以外、ロンバルディア・リズム的な逆付点音符も混合、しかも同じ楽句を更に別々に解釈しますので「ピアニストには難題」かも知れません。
忘れていけないのは、現在の聴衆が聴き慣れた演奏様式とあまりにもかけ離れていると「バロック時代中期」でも受け入れないでしょう。
我々音楽家は迎合でなく、聴いてもらえる、受入れられる演奏を考えねばなりません。
楽譜という媒体により、多くの人を対象に「クープランの《クラヴサン選集》を伝える」任務を持つならば、それは「ピアノ音楽の楽譜」であり、「古楽器用楽譜」とは様相を異にすることになります。バロック様式にとって不可欠な「装飾記号解読」と「ノートイネガル・不等化音価」を「実用ピアノ楽譜」に採用する場合、切り離さねばならないと思い始めました。
「ノートイネガル」は音楽に生命力、活き活きした感じ、或いはおしゃべりさせる技を吹き込む重要な手段の一つであれば、「装飾記号解読」とは別問題になるでしょう。(つづく)
山崎 孝(やまざき たかし) 1937年生まれ。 東京藝術大学卒業。 ピアニスト
12歳のルイ14世はマザランが公務でイタリアに出張中、パレ・ド・クールを主催、太陽王の役でデビューして見事な舞踏、抜群の運動神経を示した。当時の舞踏譜。