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ヨーロッパでの和紙にまつわるお話 <16> イソップ寓話 坂本昭二(龍谷大学/Centre de Recherche sur la Conservation)/ n°286

今回は「アリとキリギリス」、「ウサギとカメ」、「北風と太陽」など世界中で親しまれているイソップ寓話にまつわるお話です。始まりは紀元前6世紀前後の古代ギリシアで奴隷の身分であったイソップが語っていた物語とされていますが、イソップが実在した人物なのかなど詳細はわかっていません。ヘロドトス(紀元前480頃−420頃)が記した『歴史』、プラトン(紀元前427−347)の記した哲学書『パイドン』、アリストテレス(紀元前384頃−322頃)の『弁論術』などにイソップの名や寓話が出てくることから当時から知られていたことは確かなようです。記録上、最初にイソップの名を冠した寓話を集成したのはアテナイ出身のデメトリオス(紀元前350頃−280頃)ですが伝存していません。伝存している古いものでは、古代ローマの詩人パエドルス(紀元前15頃−紀元50頃) によるラテン語訳のものや古代ギリシアの寓話収集者バブリウス(2世紀頃)の寓話詩集などがあります。その後も様々な寓話の追加や内容の変化を経ながら肥大化していきます。
中世のヨーロッパで広く知られていたイソップ寓話は、4〜5世紀頃に作られた『ロムルス (Romulus)』(ラテン語)でしたが、これを底本としてドイツのハインリヒ・シュタインヘーヴェル(Heinrich Steinhöwel, 1411−1479)がラテン語とドイツ語対訳本を出版(1476年頃)、これが反響を呼んで他言語への翻訳版など100以上もの異なる版が出版されました。(15世紀半ばのグーテンベルクの活版印刷術の普及には聖書と並んでイソップ寓話集も寄与しています)
フランスにおいては、12世紀頃にマリー・ド・フランス(Marie de France, フランス生まれでイギリスに住んでいたとされる)がラテン語からフランス語に翻訳、1483年にジュリアン・マショー(Julien Macho)がシュタインヘーヴェルの対訳本をフランス語に翻訳、1668年にはジャン・ド・ラ・フォンテーヌ(Jean de la Fontaine, 1621−1695)がルイ14世の王太子のためにイソップ寓話を基にした『CHOIX DE FABLES(寓話選)』を出版しています。日本では、来日したイエズス会士によって1593年に天草で印刷された『ESOPO NO FABVLAS(イソップの寓話)』(言語は日本語(当時の口語調京都弁)で文字はポルトガル式のローマ字で記述)が最初で、布教伝道活動に利用されたようです。江戸時代になると『伊曾保物語』として普及していきました。1894年には東京築地でラ・フォンテーヌ の『寓話選』(フランス語、5人の日本人絵師による28枚の挿絵、和綴じ本)が出版されています。これには高級和紙で作られた番号入り豪華版(No.1−150は鳥子紙、No.151−350は奉書紙)や縮緬本(紙表面にしわをつける加工が施された和紙(縮緬紙)で作られた本)と平紙本も作られました。
ところで、「アリとキリギリス」は元々「セミとアリ」だったのですが、ヨーロッパ北部では馴染みのないセミがキリギリス(またはコオロギ)に置き換えられたことはご存知でしたか?

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