会報 / 最新号コラムより
舞台裏より愛をこめて〜番外編〜/ 小笠原尚子 / n°296
ご経験者ならば、もの凄くおわかり頂けるフランス生活において困難なこと、三本の指に入るでありましょうそのひとつはズバリ“滞在許可証の更新”。書類をスムーズに受付してもらえるか否かは、窓口ご担当者の当日の気分による、などとまことしやかに言われますが、全く間違ってもいない気がいたします。緊急近況報告、というのはこの度のモンマリに課せられた困難、滞在許可証更新に纏わるお話。滞在許可証はパリで狂言普及活動を続けるになくてはならないカードですが、当コラム執筆中、パリのプレフェクチュール ド ポリスより“指紋登録要請”のあったことがことの始まりでございました。2017年に紆余曲折ありながらも何とかパスポート・タラン(才能パスポート)を取得し、四年くくりのこの許可証更新年、実は昨年だったのですが…年を越えてようやくこの段というのもパリあるあるであります。
コロナ禍でさまざまなシステムが進化したのか、更新手続きもオンラインで可能とのことでしたので、窓口担当者の顔色を伺わずシステマティックにことが進むと思いきや、そうは問屋が卸さず、オンラインをもってしても都度都度書類追加提出の指示、これでもう何も言われまい、との確信とともに最後の書類をアップロード、かくして申請はやっとこ受理され、今回の指紋登録要請に至った訳なのですが、基本的にはパリ在住のテイであります為、出頭要請あらばすぐにでも向かわねばでございまして…。予測はしておりましたものの実際ことが起こるとあたふた、予定表やフライトチケットサイトとにらめっこ。近日出発のチケットはコロナ禍と戦争の影響もあって目が飛び出るほどの高騰ぶり。格安チケットを探しあさりヒットしたルートはドーハ経由便。乗り継ぎ10時間、フライト計で30時間。これに乗らねば後がなしということで予約確定し出発までの数日間、会う人会う人に「いやー、参っちゃいましたよ、パリへ指紋をとるだけの為に行かなくちゃで」と言いながらもなんだか嬉しそうでございましたよ。それもそのはず、思いもよらぬコロナ禍に巻き込まれ、モンマリは愛してやまぬパリへ2020年2月以来渡れずじまい約2年半ぶりのパリ入りとなるのですから。夏の一時帰国で息子も私も日本におりますので、必然的にモンマリ一人でパリへ向かうこととなり、某番組“初めてのお使い”ならぬ、パリへいざ“初めてのモンマリひとり旅”の巻となった次第でございます。
元来台詞以外は頭に入らない性分、あれこれ事前説明するも理解出来ているのかやや不安なところあるも、あとは原地アソシエーションのお仲間へゆだねることに。旅慣れはしておりますが、日常生活に不慣れなモンマリ。役者馬鹿で来ていますから普段電球を替える役はいつも弟子か私。
パリ宅無事到着の連絡と共に質問の嵐。お湯はどうやって出る、ガスの元栓はどこ、バゲットは何で切る、洗濯機の使い方は、電球が切れたが電球が特殊なので替えられない…やれやれ、いつものですな。と堪忍袋を握りしめ、ならば隣の部屋からスタンドを運び入れては?と促せば、オレが?と…思わず、私が飛んでいって運んで差し上げましょうか?と、わたくしのイラッとモードは致し方なしということで。
モンマリのパリでの日常生活出だしはこんな風でありましたが、大枚叩いたからには何か収穫をということで、近年自身が彫り上げてきました能狂言面展示用会場のあたりをつけてこられた様子、ようやくパリでの活動再開と相成りますか。現時点での公演予定は本年11月…皆さまどうぞよろしくお願い致します!
本日はこの辺で。
平和への祈りを込めて。
小笠原尚子(おがさわらたかこ)プロフィール:
“やんちゃ狂言師の裏方古女房” 東京生まれ。神戸→名古屋→横浜→佐渡ヶ島育ち。故八世野村万蔵主宰“わざおぎ塾”にて学生時代に演劇を勉強中、狂言師小笠原匡と出逢い1996年に結婚、伝統芸能の世界に入る。その後、大阪生活を経て2014年よりパリ在住。現在、パリで狂言普及活動の傍ら、自らは役者業を再開⁈(このエッセイでは、日仏文化体験を通し、狂言師一家の四半世紀を振り返ります)
バックナンバー
舞台裏より愛をこめてvol.1 / 小笠原尚子 / n°290
舞台裏より愛をこめてvol.2 / 小笠原尚子 / n°291
舞台裏より愛をこめてvol.3 / 小笠原尚子 / n°292
舞台裏より愛をこめてvol.4 / 小笠原尚子 / n°293
舞台裏より愛をこめてvol.5 / 小笠原尚子 / n°294
舞台裏より愛をこめてvol.6 / 小笠原尚子 / n°295