会報 / 最新号コラムより

舞台裏より愛をこめてvol.22 / 小笠原尚子 / n°313

2025.06.30

刻々と過ぎゆく日々の何と早いこと！もう間も無く、一年の半分を迎えようとしているではございませんか！！
さて、本年冒頭のコラムでは“2025年新年小笠原家の一大事”というタイトルでお届け致しましたが、本日は続編をしたためたくお付き合い頂けましたら幸いでございます。
新年早々巳年年男のモンマリは「今年還暦を迎える私は、脱皮をして生まれ変わるのだ！」と公言、年頭なかなか良き抱負と感じつつ、随分と軽やかに、コンニチに至るまで、まるで何事もなかったかのようなテイでのご発言、ふぅ～ん、とやり過ごそうかと思いきや、神さまから“ちょっと待った！”の仕打ちがなされたのでございます。
それは1月16日の朝に起こりました。起き抜けに「あっ！痛っ！いたたたた…」とモンマリ、やってしまいました、ギックリ腰…20年程前のヘルニア発症以降、何とか舞台をこなしてきてはいましたが、還暦を迎えるこの段に、第二弾、ギックリ腰＆ヘルニアミックス症状との診断でした。
その数日前に光栄ながらもそこそこ身体を酷使する大舞台に立たせて頂き、良いあがりで終えられたことに上機嫌でお酒に舌鼓、帰路、パリの蚤の市でゲットしたそれだけで3.5kgはあろうかと思うほどのダンベル級革製鞄で舞台にて使用の自作面や鈴やらを運び、最終で帰宅、翌日も舞台に酒宴、翌々日は稽古、そして15日、確か7℃前後の寒空の下、修験道山伏先生の元での祭式に滝行…湯船に浸かることもせず冷え切った身体で就寝した翌日のご仕打…
ははぁ～ん、と、なるほど、と、わたくしは天の思し召しを感じたのでございました。“脱皮するよ！”と折に触れあっけらかんと口にしていた違和感はここにございました。生き物たちにとって脱皮は命懸けと聴きます。ヒトに於いては“今までいだいていた古い考えや習慣を捨て去ること”とございました。モンマリへの仕打ちはいわば踏み絵…己はこれまでの暴言やら負の習慣を捨て去ることが出来るのか？心を入れ替える準備があるのか⁈
思えば思えば…山伏先生との出逢い前まで、オレさま教であられたモンマリは人の痛みを知らぬお方で、例えば新婚当初、わたくしがおたふく風邪にかかり、40℃近くの高熱でふぅふぅ息苦しくある状況下「うわぁ！人間の神秘！ヒトの顔ってこんなに膨れるんだ！！すげぇー！！！」とパシパシ写真を撮りつつ「ぼくのご飯は心配いらないよ、外で食ってくるから！」と扉をパシャリ、または台所で指を包丁で切ろうものなら弟子に介抱を委ね妻の様子を覗きにも来ず、挙句陣痛と闘い抜いた出産後には開口一番「おめでとう！」と、まるで他人事のようなお言葉。「そこ、おめでとうではなく、ありがとう、よく頑張ってくれたね！」ではないかと問いただしたりなど…強固な身体と精神を兼ね備えていたが故か、人の痛みに寄り添うことなく歩んでいらした人生、ここに来て脱皮の本当の意味を思い知らせて下さったとしか思えてならず。
予期せぬ思し召し、どの体勢であっても“痛み”から解放されないモンマリ数週間で初めての“泣き”にも遭遇致しました。勿論！ざまあみろっ！なんて感情、1ミリもございませんでしたわよ、ええ、ええ。身体的痛み、精神的痛みを、この“脱皮”からよくよく学んで頂き、鞠のようにマルく他者に寄り添えるお優しいモンマリへの変貌を遂げられたしと願うばかりの続・一大事でございました。皆々さまにおかれましては、くれぐれもお身体冷やされませぬよう、本日はこの辺で。平和への祈りを込めて。

photo:続・一大事一ヶ月後に開催された京劇とのコラボ公演於 : 銕仙会能楽研究所

小笠原尚子（おがさわらたかこ）プロフィール：
“やんちゃ狂言師の裏方古女房” 東京生まれ。神戸→名古屋→横浜→佐渡ヶ島育ち。故八世野村万蔵主宰“わざおぎ塾”にて学生時代に演劇を勉強中、狂言師小笠原匡と出逢い1996年に結婚、伝統芸能の世界に入る。その後、大阪生活を経て2014年よりパリ在住。現在、パリで狂言普及活動の傍ら、自らは役者業を再開⁈（このエッセイでは、日仏文化体験を通し、狂言師一家の四半世紀を振り返ります）

舞台裏より愛をこめてvol.22 / 小笠原尚子 / n°313

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