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会報 / 最新号コラムより

舞台裏より愛をこめてvol.27 / 小笠原尚子 / n°318

なんと、年明けからはや2ヶ月が過ぎ3月に突入とは…あな、おそろしや。2014年以降、火の車に乗りながら日仏往き来の生活を送っておりますが、只今は日本にて筆を執っております。
前回のコラムに記しました通り、還暦を迎えましたモンマリは、この2月・3月で還暦記念と称した狂言会『延年之會』を京都・東京にて開催致しました。その準備のため、わたくしも帰国しておりました訳でございますが、このモンマリ還暦の節目にあわせ、本年25歳を迎えます息子は『釣狐』を披かせて頂きました。
この曲は、日々研鑽を積む能楽師狂言方にとりまして謂わば“卒業論文”とも言われるもので、フライヤーや当日のプログラムには“釣狐披キ”と記載されます。この“披キ”とは“初演”のことを指すもので、“節目の演目初演”とあって意気込みも一入、父子の稽古にも熱が入りアッチッチ状態の様子でございました。
狂言方代々のお家に生まれますと『靱猿』という演目で初舞台を踏むのですが、狂言方として歴史の浅い当家ながら、ありがたいことに息子も3歳時にこの『靱猿』を披かせて頂きました。因みにモンマリは高校生の時に入門致しましたため、子方演ずる『靱猿』のお猿さん役は未経験、通常は20歳頃に挑む『奈須与市語』という源平合戦の語りの披キものが、オーバー30時に独立を迎えた彼にとって初めてとなる披キの曲でございました。身体を酷使する『釣狐』披キに至っては38歳の時、と、今の息子から遥か齢を重ねての披キは、大層身に沁みることであったろう、と、わたくしには珍しく、労いの念を抱いたりなどして。ちょっぴり大人になった証拠でしょうか。
お話脱線致しましたが、日本では節目節目にお祝いを致しますように(我が家の結婚記念の節目はスルーされますけれどもね)能楽の世界にも前出の通り節目の演目がいくつもございます。特にモンマリの所属致します和泉流には「猿に始まり、狐に終わる」という、狂言修行の過程に於ける金言がございまして、三歳の『靱猿』お猿さん役がデビュー戦で、そこから日々の稽古を重ね、舞台に立ちながら節目には『奈須与市語』『三番叟』などを披キ、卒業論文と称される大曲『釣狐』に至るという訳でございますが勿論、『釣狐』以降も披キの演目は続きます。
『靱猿』『釣狐』共に、父子で舞台に立たせて頂きましたが、両演目に共通致しますのが子が父の持つ綱に繋がれる、というところ。ですが、父子役どころの関係性は全く異なり、『靱猿』で子猿を引く猿引役の父親は言葉も理解出来るか出来ないかの子に、そのまま猿に芸を仕込むかの如く毎日にように稽古をつけ本番を迎えます。日本最古の喜劇と言われる狂言でございますが『靱猿』に関しては中盤に涙を誘う場面がございます。それはさる仔細あって大名へ芸を仕込んだ猿を引き渡さねばならないシーン。一方『釣狐』のアンケートにありましたのが“狐が猟師の綱から必死に逃げ出そうとも逃げられず、が、最後に逃げ切ったさまに涙した”とありました。これから芸道に足を踏み入れる我が子を見守る先達としての綱に対し、手元で謂わば捕えていた我が子を解き放ち自身の責任を持ってして芸道を継続せよ、と言わんばかりの対極性からも、芸のみならず父子の関係に於いても「猿に始まり、狐に終わる」という言葉があるのかもしれません。
さて無事息子を解き放ち一通りの責任から解放されたモンマリの心は我が愛しのパリへ。マイペースで癇癪持ちのモンマリを、さてわたくしはどのように手綱かいぐり操作するかを思案中。ここ最近不穏な世情、無事パリとの往き来が続けられますように。
本日はこの辺で。
平和への祈りを込めて。
photo:左から『靱猿』(2005年) 『釣狐』(2026年)

小笠原尚子(おがさわらたかこ)プロフィール:
“やんちゃ狂言師の裏方古女房” 東京生まれ。神戸→名古屋→横浜→佐渡ヶ島育ち。故八世野村万蔵主宰“わざおぎ塾”にて学生時代に演劇を勉強中、狂言師小笠原匡と出逢い1996年に結婚、伝統芸能の世界に入る。その後、大阪生活を経て2014年よりパリ在住。現在、パリで狂言普及活動の傍ら、自らは役者業を再開⁈(このエッセイでは、日仏文化体験を通し、狂言師一家の四半世紀を振り返ります)

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